ラボ最後の日


別にラボが滅亡するわけではありません。
残念ながら。
あしからず。



今日、研究室で送別会があるの
来週は引越しもあることだし、
この機を逃さず、今日ラボ最後の日と決定しました。



思い返せば、三年間。。。。
(卒論9ヶ月、修士2年間)
長いような、短いような。


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私は地下鉄通いだったので、地下から地上に出たとき、
ステンドグラスに日が射して、影が地面に落ちているのを見ると、
ちょっと楽しい気分になる。
(寝坊すると、いい位置がキープできない。)


そして、横断歩道をわたって、
神田川にかかる聖橋を渡る。


春は梅や桜が綺麗。
夏は、、、、セミがうるさかった。
秋の紅葉もまぁまぁで、
冬、雪が降ったときは綺麗でした。


まぁ、なんと言っても財布事件が一番の衝撃でしたが。(→1月20日の日記)


さらに進むと銀杏並木があって、
秋はみごとでした。


ラボの空気は、、、、、まぁいろいろすぎて一言では言い表せないけど、
一番の印象は、


自由は辛い


です。


教授の方針で、好きなことやっていいよ〜。
ということになっているのですが、
やはり、実験を初めてやる学生にとっては相当きついんだ。
と、後になって気が付きました。


論文になるためのデータを、
ロボットのように、
言われたとおりに、何も考えずに、集めるという作業は、
とても魅力のないもののように思います。
でも、ただ論文を出したいだけ、学位をとりたいだけの人には近道かもしれません。


自分でいろいろ調べて、綺麗なデータをそろえていく


というのが理想的なんだと思います。
しかし最初は、
実験手法も分からず、
専門的な知識も分からず、
論文にするにはどのような道筋でデータを集めるべきなのか、
全く検討がつかない。
という状態におちいってしまうことがあります。
だから、誰かについて、その人のデータ集めの手伝いをする、
という作業から始めるのが、
私のような半端な学生には、学ぶことが多かったんじゃないかな、
なんて思うこともあります。


研究(企業以外の)で食べていく!


という気合で、
他の逃げ道をつくらないで、
研究以外の幸せを望まないくらいじゃないと、
大学で研究を続けるというのは、価値がないのではないかと思います。


今でも、ruccoの中の探究心や好奇心が失われたわけではないけれども、
もっと、具体的な結論や評価のある企業に入ることが、
私には向いているんだ、
と思っています。
(就職活動中は、大学での研究を続けたいと思っていたけど。)



大学での研究は、
底なし沼のような、
貪欲な探究心が必要かな。



では、今度は社会人になってから☆



期待と不安で胸がいっぱい(笑)。